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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)327号 判決 1972年11月09日

和歌山市七番丁五番地の二

控訴人 株式会社和歌山相互銀行

右代表者代表取締役 尾藤昌平

右訴訟代理人弁護士 北村巌

同 山本正澄

同 北村春江

同 松井千恵子

同 古田冷子

同 岩崎範夫

被控訴人 佐藤梅造

右訴訟代理人弁護士 天羽智房

主文

原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二、五〇〇万円および内金二五〇万円については昭和四一年六月二〇日以降、内金二五〇万円については同年八月一日以降残金二、〇〇〇万円については同年九月一日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを三分し、その二を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決第二項は、被控訴人において金五〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

(1)  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

一、控訴人の主張

(1)  本件預金の預金者は被控訴人ではない。仮りに、被控訴人がその一部の出捐者であったとしても、全額の出捐者であるとは到底認めがたいから本訴請求は全部棄却さるべきである。

(2)  右預金は、いわゆる導入預金であり、「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」二条一項は、強行法規であって、これに反する契約は無効であるから、被控訴人に、本件預金契約に基づく返還請求権はない。

本件のような預金は強行法規違反として無効とし、あとは不当利得返還請求権の問題として、両者の不法性の大小の比較、返還請求権の存否が制裁として公平であるかどうかなどを考慮して不法原因給付か否かを決することが導入預金規制の法目的にも添い妥当である。

(3)  右預金が不法行為であるとの主張について次のとおり補足する。

(イ) 被控訴人は、高額の裏利息まで負担して控訴銀行から融資を受けようとする人のために、本件預金をしたのであるから、故意に導入預金をしたものということができる。

(ロ) かかる導入預金を依頼するものは、一般的に信用度薄弱で貸出対象になり得ないものであるから、被控訴人は、右導入預金をするに際し、該預金による控訴銀行の貸金が貸倒れになる可能性を認識し、少くとも予見していたものである。

(ハ) しかも被控訴人は、その大半が架空名義を使わなければならないような脱税の産物を元金とし、この元金を更に一般預金者の三・四倍の裏利息を獲得するために、控訴銀行が蒙る損害を顧みず、自己の利益のみを追求して、刑罰をもって処せられる本件預金をしたものである。

(ニ) これに反し、控訴人側は、柳川組の恐喝によって、意思の自由を奪われて、本件預金を見返りに金融をさせられたもので、普通の場合と異り帰責理由がない。

(ホ) 右の各点を総合すれば、被控訴人の本件預金行為には違法性が存在し、これがため控訴人が蒙った損害との間には、相当因果関係が存在する。

二、被控訴人の主張

(1)  本件預金は、すべて被控訴人自身所有の資金をもってなされたものである。

(2)  控訴人の当審における右主張事実は否認する。控訴人が柳川組等の恐喝によって、不当貸付をさせられたのであれば、直ちに、控訴銀行本支店間で十分な連絡をとり、捜査官憲にも、犯人の検挙を求めて被害を未然に防止すべきであった。然るに、このような努力は全然されなかったのみならず、却って相互銀行法一〇条に違反して、貸出枠を約一〇倍も超えた二億数千万円もの不当貸付をしたことは、背任というほかない不法行為である。控訴人は右不法行為の結果受けた損害を、善良にして無関係な被控訴人に転嫁しようとするものである。

三、立証≪省略≫

理由

一、当裁判所も本件預金一〇口の預金者はすべて被控訴人であると認める。その理由は次に付加するほか、原判決理由第一項記載のとおりである。

被控訴人は当審において、本件預金はすべて被控訴人の資金をもってなされたものである旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、本件預金五、〇〇〇万円の資金中五〇〇万円ないし一、〇〇〇万円は、被控訴人が親戚より借りたものであることが認められ(る)。≪証拠判断省略≫然しながらこのように資金の一部が他人から出た場合でも、被控訴人が本件預金をすべて自己を預金者として控訴人に対し、預け入れをなし、その預金証書と届出印章とを、保管しているのであるから、その預金者はすべて被控訴人であると認めるのを相当とする。

二、本件預金契約は、いずれも、預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条一項に違反するもので無効であるとの控訴人の抗弁について考察する。

(1)  この点に関する事実認定および本件預金が、いずれも右法条に違反するとの判断は、原判決理由三枚目表二行目の「一六号証の二乃至七」の次に「成立に争いのない甲一七号証の二」を加えるほか、原判決理由三枚目表二行目から同六枚目表三行目までと同一であるから、これを引用するが、事実関係を要約すると、次のとおりである。

「控訴銀行の梅田支店長岩中賢次は、昭和四一年三月頃から同年六月頃にわたり、組織暴力団柳川組幹部梅本昌男の脅迫により、その配下の会社等の過振りした約束手形、小切手の決済を、本店の決裁を経ないで貸付の形で処理させられ、その総額は相互銀行法の貸付限度をはるかに越えた二億九、〇〇〇万円に達した。この間梅本の追加貸付の強要に苦慮した岩中の求めにより、梅本は金融業者木下俊文をして導入預金を集めさせ、この導入預金を事実上の見返りとして岩中に融資を続けさせたものであって、同人も右が導入預金であることは察知していた。また被控訴人は右の勧誘に応じて本件各預金をしたものであり、同人も、この勧誘が他人に対する融資に対応して行なわれていること、裏金利の支払われることなどから導入預金であることを知っていた」。

(2)  当裁判所は右法条違反行為が単に政策的な取締法規違反行為に止まり銀行預金としての私法上の効力には何らの影響をも及ぼさないものと解してよいか否かにつき、大きな疑問を禁じ得ないものがある。すなわち、本件のごとく銀行から融資を受ける第三者と預金者との間に直接の意思の連絡がなく、単に媒介者を通じて相互依存の関係の認識があるにすぎない場合にも尚且つ、右法律二条四条に該当する犯罪が成立することは、最高裁判所の判例により確定されたところであり、これに対しては罰金刑のみでなく情状により三年以下の懲役刑を併科することができることから見ても、通常の形式的取締規定と解することを躊躇させられる。更に実質的に考えても、期限到来の後は直ちに全額を引き出すことを予定して短期間(本件においては三ヶ月)の定期預金をするだけのことでしかもその預金をする以前に、第三者から多額(本件においては、元金一、〇〇〇万円につき約三〇万円の割合)の裏利息が支払われるということは、何としても不自然なことであって、その背後に何らかのいかがわしい問題の潜んでいることを感じない筈はなく、このような依頼を受けて、多額の預金をすることは普通人の近寄ることを差控える危ない橋であると謂わなければならない。

しかも、本件およびこれと同一期日に当裁判所が判決言渡をする別件(昭和四五年(ネ)第七九九号事件)は、ともに同一暴力団の操るブローカーの勧誘に応じた預金者より控訴銀行に対する訴訟であり、この二件に証拠として提出されたこれと全く同種の訴訟の裁判例のみでも四件を数えるのであるが、その他にも一般に導入預金の実例の多いことは日常見聞するところである。このように導入預金の横行する結果として考えられることは、かかる預金を単なる事実上の見返りとして、本来は金融機関から融資を受けられない者が次々に融資を受けることのために、必然的に金融機関の経営が悪化し、経理も乱脈となり、遂には破滅への途をも辿って全預金者その他一般大衆に迷惑をかけるおそれのあることは見やすいところであり、国民経済に対する悪影響は甚大なものであることを、すべての預金者が銘記しなければならない。してみると、預金者としても自分さえ導入預金によって裏利息を得られれば、その社会的影響がどのようなものであろうとも刑事上の制裁は別とし、預金行為の私法上の効力には無関係であると主張することは許されてよいものではなく、この意味において右法条違反行為には公序良俗違反の色彩の強いことを否定できないのである。

そこで、当裁判所は国家の政策的取締規定違反の行為であっても、このように公序良俗違反の色彩の強いものについては民法九〇条に該当し、その法律行為本来の効力を生じないものと解するとともに、ひとしく民法九〇条違反による無効といっても、その行為により給付したものの返還請求をも同法七〇八条本文によって却けなければならぬ事案に比すれば、導入預金の不法性は或る程度軽いことに着目して、前掲事実欄の控訴人の(2)の主張を採用し、右預金行為を無効としただけで直ちにその請求を棄却すべきではなく、預金者が本件のごとく、単に預金の返還のみを請求している事案についても、若しその預金行為が無効と認められる場合には、予備的に不当利得返還請求をしているものと解し、民法七〇八条本文および但書の適用が争われているものとして、次のとおり処理することが訴訟経済の要請にも合致するものと解する。

以上の見地において、本件を見ると預金者たる被控訴人の側の不法性の程度については右に説明したとおりであるから、進んで本件預金行為に関連しての控訴人側の不法性について考察すると、控訴人の梅田支店長岩中賢次は右預金が導入預金であることを知っていたことは先きに認定したとおりであり、金融機関に勤務する者として如何に暴力団の恐喝を受けたにせよ、巨額の不良貸付をするようなことは厳に慎しむべきことは多言を要しないところであるとともに、このような恐喝を受けながら速やかに上司に報告し、また警察に救済を求めなかったこと、およびこれを早期に発見できなかった銀行の管理態勢にも問題があって、控訴人側の不法性も相当高度であると謂わなければならない。尤も、同支店長もこれにより何ら私利を図ったわけではなく、また、右の恐喝のため次々に多額の追加融資を余儀なくされ、その対策に苦慮していた際とて、この導入預金を藁をも掴む気持で受け入れたことは推察に難くないところである。

このように考えると、控訴人は直接に暴力団の被害者であるに対し、被控訴人は金融ブローカーを通じての間接の被害者であり、本件訴訟は実に被害者同志の深刻な争いであって、双方の不法性を比較しても、そのいずれか一方が特に大きいとも断定できず、これを同等と見るべきである。

一般に民法七〇八条の解釈については双方の不法性を比較して、給付者の不法性の大であるときは同条本文を、受益者のそれが大であるときは但書を適用すべきであるが、偶々本件のごとく不法性が同等と見るべき例外的の事案においては、右本文を適用して給付者の返還請求を全面的に却けることが不当に酷であることもちろんであるとともに、同条但書を適用して給付者の請求を全額認容することは右但書の文理から著しく離れるばかりでなく、給付者の不法性を過小評価するものと謂うべきである。してみると、このような極限の事案については、給付者の返還請求は、二分の一の限度においてこれを認容し、その余は失当と解するほかはない。しかも本件においては右の限度で請求を却けても、暴力団の恐喝により銀行に生じた損害の一部が補填されるだけであり、特に不正の利得が控訴人に残存するわけでもないのである。

三、控訴人主張の相殺の抗弁の採用できない理由は原判決理由第三項の記載と同一であり、この点の当審の主張も採用できない。

四、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は控訴人に対し、原判決添付一覧表(一)記載(1)の定期預金の返還を昭和四一年六月一九日に、同(2)のそれを、おそくとも同年七月末日に、同(3)ないし(10)のそれをおそくとも同年八月末日に各請求したことが認められるので、控訴人は被控訴人に対し、不当利得金二、五〇〇万円およびこれに対する主文第二項記載の各遅延損害金の支払義務を負うものであるから、原判決を変更すべきものとし、民訴法三八五条九二条九六条一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 常安政夫 裁判官 潮久郎)

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